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2014年7月12日土曜日

坂本龍一、「放射線治療拒否」報道に疑問符

反原発を推進する立場から、のどのがんに効果的とされる放射線治療を拒否したと一部で報じられたが、同社は「治療方法については現在担当の医師と相談して進めていると聞いていますが、具体的な内容は聞き及んでいません。また、今後も治療方法の詳細を公表する予定はございません」としている。
 この報道に対し坂本のマネージャーはツイッターで「なんて適当な記事…」と投稿。坂本自身もこれを引用して「読んでないけど。ああいう芸能記事を真に受ける人いるの?」と疑問符を投げかけた。

 スポニチの報道を否定したととれるコメントを関係者は出している。

スポニチの報道の文章のそこかしこから、俺は反原発運動の先頭を切ってきた坂本龍一への悪意を微妙に読み取ったので、反反原発脳(放射脳脳)の記者がデマかジョークかに変に食いついたのではないかと見ているが...。

2013年7月9日火曜日

東京電力福島第一原子力発電所元所長・吉田昌郎氏死去

東京電力福島第一原子力発電所の事故で現場で指揮を執った吉田昌郎元所長が、9日午前、東京都内の病院で食道がんのため亡くなりました。
58歳でした。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130709/t10015922331000.html
一昨年の11月から闘病生活に入っていたが、亡くなってしまったそうだ。

本誌記者の取材に笑顔で答える、吉田氏。雪が舞う中、セーターに黒のダウンジャケットという装いだった


「私のがんは、ステージ3だと医者からは言われています。今となっては、淡々と入院して、手術をするだけですよ」
衝撃の緊急入院から、はや2ヵ月。本誌記者にそう語ったのは、東京電力福島第一原発 の前所長、吉田昌郎氏(56)である。入院していたとは思えないほど顔色は良く、ふっくらとした様子。自らの病状をストレートなもの言いで話す〝吉田節〟 も健在である。優しい目元の、以前と変わらない吉田氏がそこにいた。
吉田氏は、昨年3月の東日本大震災に伴う福島第一原発事故の際、所長として菅直人首 相(当時)や東電本店の指示に逆らい、原子炉への海水注入を開始し、原発のさらなる崩壊を食い止めた。事故後も8ヵ月にわたって、第一原発の免震棟に籠も り、事故の収束のために奔走し続けたが、衝撃が走ったのは、昨年の11月28日のことだった。東電が吉田氏の緊急入院を発表したのだ。当初は「体調不良」 とのみ発表されたため、病名や容体に関して様々な憶測が流れた。12月1日付で所長を退任し、後に病気は食道がんであることが分かったが、その後、公の場 に姿を現すことはなかった。
 「フライデー」2012年2月10日号より
がんの病状の親交具合は、病期(ステージ)という指標で表わされます。ステージは、大きくⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳの4期に分けられます。ステージ3は、かなり進行した段階と考えられます。おととしの段階で、かなり進行していたことが分かります。